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その怒りを助長させたのは映画であったように思う。当時、映画は俺にとって大きな心の支えであり、唯一俺の世界を明るくしてくれるものだった。俺は幼い頃から不思議と映画の魅力に取りつかれていて、よく母にせがんで映画を観に連れて行ってもらったものだ。中学に入ってからは映画を余興と言うレベル以上でもっと真剣に観るようになっていた。又自分でシナリオを書いたり、8ミリカメラで自作の映画を作るようにもなった。オタクな中坊をやっていたのだ。しかし当時の孤独な俺にとって映画は全てであり、命であった。今なぜあれほどまでに映画に魅了されたのか考えてみると、映画とは格好の現実逃避の手段であったからだと思う。実際、映画を見ている数時間だけは、日々の冷たい現実から逃れることができた。家族を忘れ、学校を忘れ、日本を忘れ、自分を忘れ解放された。俺が好む映画には一貫したテーマがあった。それは「自由」だ。俺は特に子供を主人公とするスティーヴン・スピルバーグの作品に魅了されてならなかった。それは年齢的に言っても、自分がそこに登場する主人公になりきることが容易だったからかもしれない。「E.T.」などは革命的と言っても過言でないほど、俺を突き揺り動かした。今思うと随分幼稚な映画に翻弄されたものだと自分をあざ笑うのだが、今の自分がそれだけ子供の純真さを失っているからかもしれない。とにかく俺はそういう映画が映し出す「自由」の世界にどっぷり飲み込まれてしまった。それはもしかしたら危険なことだったのかもしれない。「僕もこの映画の主人公のように自由奔放に生きてみたい、解放されたい」と焦がれるような願望に俺はすっかりとりつかれてしまった。「自由」、それは自分にはどうしても無いものだった。どうすれば自由になれるのか。どうすればこの映画の主人公のようになれるのだろうか。そんな思いとは裏腹に現実は実に冷ややかに俺を遠くからあざ笑っているようだった。しかし、どうしても欲しい!激しく求めれば求めるほど、虚しい欲求不満だけが蓄積されていった。
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